デジタルサイネージと広告

デジタルサイネージの広告コンテンツのあり方を
様々な角度から考えてみる


デジタルサイネージを導入する目的は様々だが、大規模なネットワークを組まない
小規模舗の場合、最大の目的は「広告媒体」としての導入が一番多いのではないか。
デジタルサイネージを訳すと「電子看板」なので「広告看板」をイメージする人が多いようだ。
ではその「広告」にはどんな歴史があり、今日に至っているのであろうか。
このブログではデジタルサイネージ広告の歴史や、広告のデザイン、キャッチコピーや宣伝方法、
デジタルサイネージ広告のコンテンツの種類や可能性など、
私たちの生活に浸透してきている「デジタルサイネージと広告」について綴ります。


ブログ#008 デジタルサイネージ・ハザード(広告公害)

 サイバー・コミュニケーションズ(CCI)はデジタルサイネージ広告の国内市場を予測し、2019年は749億円で2023年度には1248億円に達すると発表した。モニター・ディスプレイの台数としては10万台を超える見通しだ。デジタルサイネージが普及することは日本だけではなく世界を取り巻く情報化社会の中で当然なことであろう。しかし問題は普及した台数の数十数百倍のコンテンツが存在することだ。今でも新宿や渋谷など、大型ビジョンを中心に広告で埋め尽くされている街の景観が全てデジタルサイネージになったらどう映るであろうか。しかも全てが動画である。広告としての競争がエスカレートしたらより派手により目立つようにとなって行きかねない。

 これまでも繁華街には存在した「広告公害」が一気に広がって、まさに「デジタルサイネージ・ハザード」の危険にさらされかねない。そんな街で育つ子供に悪影響が及ばないとも限らない状況である。わたしたち制作者はクライアントの意向を形にしなければならないが、そこには「広告公害」に対するモラルが必要になる。これは単に政府がデジタルサイネージのガイドラインを決めて規制すればよいという話ではない。わたしもこれまで何度も自問自答して自らのガイドラインを定めてきたが、おそらくグレーゾーンもあったことだろう。

 これからもわたしたち制作者は、この「広告公害」と真摯に向き合い「デジタルサイネージ・ハザード」を阻止しなければならない。その心を持たない人にコンテンツを創る資格は無いとわたしは思っている。これは総務省が定めたデジタルサイネージ標準システム 相互運用ガイドラインである。参考にしていただきたい。

November the 29th, 2019 Toyosaki’s blog


ブログ#016 デジタルサイネージで配信する「広告」のあり方を考えてみる

 デジタルサイネージのコンテンツ制作サイトを立ち上げてみたものの、実際に問い合わせや相談を受けていると、このサイト自体が「広告代理店」であることがよくわかる。ユーザーは常に「売りたい商品」「売りたいブランド」が明確であり、どうしたら効果的な「広告コンテンツ」を提供できるか考えなくてはならない。これはまさに「広告代理店」の仕事であろう。弊社が映像制作会社であるとか、デジタルサイネージのコンテンツ制作会社であるとかは関係なく、クライアントは「売れる広告」を求めている。そのためには「売れるキャッチコピー」「売れるデザイン」は当然として、ユーザーが何を求めているのかを考え続けなくてはならないのである。

 私は今まで演出やディレクターのポジションで仕事をしてきた。マーケッティングは素人である。そんな言い訳は通用しないので毎日が勉強していくしかない。日本や世界のこれまでの広告の歴史から学ぶ事も多いが、これからマーケッティング戦略を一度整理する必要があるだろう。世の中はモノを創る事よりマーケッティングが優先だと感じてしまうのは寂しいので早くマーケッティングに長けたパートナーを見つけるしかないと感じている。これ以上はブログでは書ききれないので「デジタルサイネージにおける広告のあり方」については専門ページを開設して詳細を書くことにしよう。また宿題が増えました。

January 24th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#033 デジタルサイネージと広告コンテンツ

 デジタルサイネージを導入したショップや、これから導入を考えている人は、デジタルサイネージを導入したらどのような配信を考えているだろうか?色々な可能性を持っているデジタルサイネージだが、機材の導入とは設備投資であり、導入してどれだけのメリットがあるかを考え導入に踏み切る。そのメリットとは「集客」「販売促進」「お店のイメージアップ」「ブランディング」「話題性」など、その価値観は経営者の価値観で決まる。しかし経営者であるならば、ます考える事は「利益」である。そうなればデジタルサイネージの配信コンテンツに順位をつけるならば、まず「広告」に力を入れるであろう。

 ではその「広告」のあり方とはどうようなものなのか。私も模索し続けているが答えは出ない。いや出るはずがない。ここでは「広告」の種類などを紹介しようと思う。デジタルサイネージの広告とはどんな種類があるのか。それは簡単で「良い広告」と「悪い広告」である。何を持って良いか、悪いかを決めるのは個々の判断である。これは広告だけでは無く、音楽であれ、映画であれ、小説であれ、写真であれ、私にとってジャンルなどは存在しない。グッド・ミュージックかバッド・ミュージックかグッド・ムービーかバット・ムービーかしかない。大切なことはその基準を自ら持つことである。そのためには「良いもの触れる」努力を怠ってはいけない。そして年月もかかる。昔良いと感じたモノが、それ以上のモノに触れ続けることで良いと感じなくことがある。感性が向上しているのだ。逆に昔感じた感動が、いつ見ても変わらなく感動できるのであれば、それはあなたにとって本物である。

 少し乱暴な内容になったが、これは「モノを創る」場に身を置きたいのであれば避けては通れない覚悟であると私は思っていまいる。自分の中に「GOOD」と「BAD」の基準が無ければ、確信の持てる広告など作れるはずがない。そして更に、あなたが作った広告を大勢の人が評価する。評価されれば生き残るだろうし、評価されなければ生き残れいであろう。それも長い年月の評価が続かなければ。テーマと少しかけ離れた感はあるが、デジタルサイネージ広告とあり方とは「GOOD」であり、「BAD」ではいけないのだ。もちろん何時も自分にも厳しく言い聞かせているつもりである。

June 10th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#041 広告の歴史

 広告や映像制作の世界に身を置いて30年になるが、今まで独学であったわたしは常に現場から学んでいたので、あまり過去から学ばない人間である。このサイトやブログを始めてから色々な事と検索し学習をはじめられたことはありがたいことである。しかし「広告のない商品は、暗闇で売るようなもの」とは誰の言葉であったかも思い出せない。「広告」とは字の如く「広く告げる」で明治維新後に入ってきた外国語の「Advertisement」を翻訳した言葉。「Advertisement」の語源は「特定の方向や対象に向けて注意を促す」。この時点でマーケティングの違いが現れている。

 人類はいつ頃から「広告」を出してモノを売るようになったであろうか?広告の起源には諸説あるが、ひとつは5000年前のバビロニアで発明された説。当然、当時には現在のような紙などはなく、煉瓦に象形文字を刷り込んだものが一般的であったそうだ。煉瓦に王の名前や建立したお寺の名前を刻むことで、それ自体が宣伝になるという目的。どちらかと言うと「広告」より「看板」のイメージ。もうひとつが、紀元前2500年ごろの古代エジプトで発見された化粧品の宣伝文で、現存する最古の広告らしい。パピルスに書かれたビラのようなもので、キャッチコピーは「この化粧品を使えばどんな老人でも若くなる。百万回も実証済み」素晴らしいのは、当時から女性をターゲットにていたことと、人間の心理の変化をしっかりと考えたコピーだということ。現代ではこのコピーでは誰も買わないと思うが、訴求の方向性と実績数字を使って信頼性を高めるという手法は、現代となんら変わらない。

 また広告代理店も紀元前から存在していたらしい。近代的な広告代理店は1800年代のイギリスで広告主から手数料をもらい、新聞広告のスペースを代理で購入したことが始まりと言われている。日本の広告は江戸時代頃から本格的に広まり、瓦版など、情報を周囲に知らせるという目的で使用された。その後看板や引き札、のれんや幟へ。そして新聞・雑誌・ラジオ・テレビの普及と共に、媒体を変えながら広告が掲載されていった。現在ではマス広告に加えて、インターネット広告、交通広告、屋外広告など様々な種類が存在する広告だが、良い広告であるからと言って商品が売れる訳ではない。ストーリーのある良い商品だからこそ、良い「広告」が生まれる。そして広告誕生から5000年経った今、日常はすごいスピードで変化し続けいる。しかしそこに生きる私たちの価値観や本質は変わっていないのかも知れない。

July 1st , 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#043 日本の広告の歴史

 今回は、日本の広告の歴史を振り返ってみたいと思う。日本の広告は江戸時代の初期に広まった、お店の「暖簾(のれん)」と「看板」がはじまりと言われている。その後「読み売り」と呼ばれる宣伝業者が登場した。「読み売り」はチンドン屋の元祖的な存在で、瓦版の記事を、言回しを面白くし節を付けるなどの手法で大衆を惹き付け、瓦版の販売をしていた。「読み売り」は「読売新聞」の由来でもある。最近はチンドン屋も見なくなったが、私の知り合いに現役のチンドン屋がいるので必要な方には紹介します。また、瓦版とは別に「引き札」と呼ばれる商店や問屋などの広告チラシもこの時代に生まれている。初期の引き札は1色から2色であったが、文明開化と共に木版画、石版、銅板などの活版印刷の発展と共に色鮮やかな引き札となり、商品チラシ、折り込み広告、手配りビラなどとして広まっていった。

 第二次世界対戦が終戦し、景気が上向きとなり高度経済成長期に入ると、日本には多くの変化が起こってくる。その1つが、ラジオに代わりテレビ放送が開始されたことである。テレビが普及しテレビ広告市場が急激に拡大していき、新聞、雑誌、ラジオ、テレビの「4大マス広告」が確立される。1990年代に入り、日本は「バブル経済」と呼ばれる時期に入った。それに応じて「4大マス広告」も黄金期といえるほど、広告に予算を使った時代である。しかし、2000年代前半からバブル経済が崩壊を迎え、経済状況が悪化をしていく。当然4大マス広告も徐々に縮小傾向に向かう。

 また同時に、インターネットの普及が目覚ましく進歩し、携帯電話でも気軽にインターネットを利用できる環境へと変化していくと共に、インターネット広告が普及しはじめる。その多くは、バナー広告やアフィリエイト広告、リワード広告、リスティング広告などであった。このようにして、日本の広告市場は一定の「マス広告」の需要を残しながらも「インターネット広告」へ大きくシフトして来たのである。そして、デジタルサイネージも広告媒体のひとつとして普及が加速している。デジタルサイネージは単なる広告媒体に止まらない情報発信メディアだが、やはり広告としても役割も大きい。現代はネットも含め「6大マス広告」の戦国時代に入っているのかも知れない。

July 6th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#044 広告媒体の変化

 先日のブログで「4大マス広告」にネットとデジタルサイネージが加わったと書いたが、もう少し詳しく書いておこう。「4大マス広告」は「マスコミ4媒体」とか「四大メディア」とも呼ばれている、新聞、雑誌、ラジオ、テレビで、広告の世界では2000年位までは圧倒的に優位に立っていた。しかし近年では、この従来のメディアの退潮と、新たなメディアであるインターネットの台頭で、広告における「4大マス広告」はかげりを見せ、2008年の日本の総広告費に占める割合は50%を切ってしまった。その分伸びたのが「インターネット広告」「プロモーションメディア広告」である。「プロモーションメディア広告」は屋外広告、交通、折り込み、ダイレクトメールPOP、イベントの展示映像を指している。デジタルサイネージも「プロモーションメディア広告」に含まれるようだ。

広告業界のニュースサイト「電通報」によると2019年の日本の総広告費は6兆9381億円で、マスコミ4媒体が37.8%、インターネットが30.3%、プロモーションメディアが26.8%であった。特にインターネット広告は6年連続2桁成長を続け、テレビメディアを上回っている。モバイルの進化がネット全体を底上げしているのであろう。プロモーションメディアの内、何%がデジタルサイネージであったかは記載がないが、今後伸びてくると予想している。新聞や雑誌などはデジタル化を推進し、テレビも民放公式インターメット動画配信などで、広告媒体を巻き返している。しかし今後は更に、新聞放れ、テレビ放れが増え続ける事を考えると、これまでの広告媒体のあり方が大きく変わっていくに違いない。売るモノがある以上、この世から「広告」が無くなる事はないが、「広告媒体」常に変化していくに違いない。

 広告制作は広告媒体によって表現や戦略も大きく変わってくるが、これからは、従来のようにメディア単位で考えるのではなく、ターゲットの好みや属性に絞ったアプローチが必要とされる事であろう。私の最初に携わった広告は「新聞広告」である。良いコピーと良い写真をデザインする、シンプルだがとても奥の深い世界であった。ポスター、ラジオ広告、テレビ広告も経験したが、制作コンセプトはみな一緒で「誰に対して」「どのタイミングで」「何を伝えるか」ある。後は媒体の強みを生かした表現方法の違いだと思う。

July 8th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#045 広告におけるキャッチコピー・ライティング

 広告でもっとも重大な要素を担うのが「キャッチコピー」であろう。デジタルサイネージでもキャッチコピーは広告の柱である。文章は大きなエネルギーを秘めている。例えば、好きな相手に自分の想いをしたためることもできるし、多くの人を励まし、勇気を与えることもできる。逆にたったひと言の文章で、人を深く傷付けてしまったりすることもある。文章だけで多くの人を騙すことも可能だ。文章には大きな力があるのだ。広告における文章は商品のイメージや売り上げにも直結する。コピーライターは憧れの職業だが、それだけで食べていける人はごくわずかである。コピーライターは「文学者」や「詩人」でもなければ、クリエイティブなアーティストでもない。コピーライターとは、人を説得して、人に商品を買わせる宣伝担当でしかないのだ。

 私はそもそもコピーライターではなし、私にコピーの依頼が来ることもない。しかし広告や映像全般に関わっていると、高いお金を出してコピーライターを雇えないことは頻繁に起こる。そんな時には「なんちゃってコピーライター」に変身しなければならない。なぜならクライアントや制作会社に「コピー」を任せると、最終的に自分が地獄を見るからだ。コピーのイメージを映像化してから「このコピー、おかしくない?」とか、ブレていき何度も振り出しに戻る事も多い。だから、「キャッチコピーは私が書く」というのではなく、決定する場所にはなるべく参加して表現を預かる立場からモノは申す。私の中で、あまり良くないと思うコピーの時には代案も提案する。もちろん却下させることが大前提でも揺さぶりをかけることで良い方向に向かえば良いのである。だが、説得力のあるコピーを書くのがいかに難しく、それは、詩、あるいは小説を書くのにも匹敵する。たったひと言で人の心を掴み、それが商品のストリーやコンセプトを見事に表現している。広告におけるキャッチコピーの書き方を指南した書物は世の中に多くあるで、勉強してみる事も大切かも知れない。だが、そこには多くのヒントは書かれていても、書き方は教えてくれない。音楽で言えば、「皆が好む良い曲を書く方法」という本を読んで、良い曲が書けるはずもなく、コピーにしても、音楽にしても、多くは高い技術を持っていなければカタチにはできないと思う。

 私が最初に手がけた新聞広告は UNHCR(国連難民高等弁務官)の難民に水を贈る支援活動の広告であった。もう20年以上前の話であるが、UNHCRからは現地のこども達の写真と、支援を呼びかけるキャッチコピーを使用するよう指示が出ていたが、私は取りあえず無視し、提出したのが「錆びたスチール製のバケツ」の写真1枚に「地球も人間も7割が水で出来ている」のコピーのみであった。どうせやり直しだろうと思っていたが、難なく採用されて、いきなり中央5紙に掲載されたのだからびっくりしたものだ。しかも、難民支援なのでギャラはお車代程度。これは如何なものか?

 昔読んだ本にコピーを書く極意が載っていた。それは「女性向け商品の広告を男性に書かせるな」であった。鋭い洞察であることは間違いない。しかし私が長い期間にわたり、多くの女性向け商品の広告を担当してコピーを書いて来たのも、紛れもない事実なのである。デジタルサイネージが広告媒体として、その地位を確立して来ている今、見せ方も含めデジタルサイネージならではのコピーのあり方も模索していかなくてはいけないと思う。

July 10th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#052 広告に必要なインサイトとは

 最近、広告マーケティングに必要な考え方に「インサイト」という言葉をよく耳にする。消費者インサイト、ユーザーインサイト、顧客インサイトとも呼ばれるが、ここではインサイトと呼ぶことにする。「インサイト」とは直訳すると「洞察」や「物事を見抜く力」。マーケティングにおけるインサイトの意味は、「人を動かす隠れた心理」「モノを買う心理」を指していて、消費者自身も気づいていない無意識の心理を指している。無意識の状態ということで「潜在ニーズ」と混同されがちだが、これは正しいとは言え無いかも知れない。例えば、「綺麗になりたい」という顕在ニーズがあると仮定しる。なぜ綺麗になりたいのかさらに掘り下げると、「異性に好意を持たれたい」「自信を持ちたい」などといった理由の潜在ニーズが見えてくる。潜在ニーズは欲求があるのにそれに気付いていない状態を指し、それに対してインサイトはまだ欲求さえない状態を指しているのだ。私もサイトを運営している身として、常にマーケティングは考えなくてはならない。モノ作りは得意であるが、営業やマーケティングは、できればその道に長けた人にませたい人種である。

 しかし、このコロナ過の厳しい状況で贅沢を言っている場合では無い。自らが時間を惜しんで勉強し、最新のマーケティングを学ばなければ未来はない。と言うことで現在、「インサイト」を勉強中の身なので、「インサイト」とはこれだ。と言えるまでの知識や経験もない。そしてインサイトを学びながら感じてきた事は、大手企業も大手広告代理店も、この見えないユーザーの潜在購買意欲である「インサイト」を探し当てることに、やっきになっていて、本来伝えるべき「商品の価値」や「商品の性能」などが、おろそかにされていないか?という、基本的な疑問である。

 この記事を書く3日前に「全国の老若男女が選んだ・お菓子ペスト30」という番組を見た。「かっぱえびせん」や「かきの種」が上位に入っていた事に安心を覚えた。やはり良い製品は、長く消費者から愛されている。そこには、すでに「インサイト」も「広告戦略」も存在しないのかもしれない。しかし「かっぱえびせん」が発売した当時のキャッチコピーである「止められない、止まらない、かっぱえびせん」は、広告界で模本のキャッチコピーであるし、そこには「インサイト」も含まれている。デジタルサイネージのデザインでもキャッチコピーでも、そしてサイトのマーケティングでも、この「インサイト」の考え方は重要だと思っている。現在勉強中ではあるが、明確な答えの無い心理学的な分野でもあるので、迷宮にはまらない程度にしておこう。

July 27th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#055 広告の3原則

 デジタルサイネージの広告に限らず、全ての広告に当てはまる「広告の3原則」が存在する。もちろん諸説あるので、違う考え方もあるだろう。有名なのは、マックスウェル・サックハイムというマーケッターが提唱した、『消費者は広告を「読まない(見ない)」「信じない」「行動しない」』である。これは広告を制作する3要素ではなく、あくまでも広告マーケティングにおける考え方だ。また、広告には定義も存在している。たとえば医薬品などの広告規制は、厚生省によると、1、顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確であること。2、特定医薬品等の商品名が明らかにされていること。3、一般人が認知できる状態であること。の3要素を満たすモノが「広告」とされてきた。しかし現在は、この3要素を満たさなくても、「お客側が広告と判断したらその時点で規制対象広告になる」との考え方に変わっている。医薬品意外でも過度な表現で問題になるケースもあるので注意したい。

 では、この「読まない(見ない)」「信じない」「行動しない」との消費者の心理を揺らし、「読む(見る」」「信じる」「行動する」へと導くためには、何が必要であろうか?言い換えれば広告の3原則とは、「誰に対して」 「どのタイミングで」「何を伝えるか」になってくるのではないだろうか。ターゲットを絞り、ターゲットが必要とするタイミングで、ターゲットにメリットや問題解決を与える広告。言葉で言うことは簡単だが、これが広告制作で最も難しい3原則であろう。また、「商品をアピールするのではなく、ストーリーを語れ」とも言われる。これはこれで難しいマーケティング戦略である。現代は広告で溢れている。そんな中で暮らす現代人にとって、広告とは、もはや空気のような存在だ。その中でもデジタルサイネージは、いまのところ注目を集めている広告媒体ではあるが、WEB広告やSNS広告が、広告の大半を占めてきた現代においては、広告の3原則も時代の変化に合わせて進化しなければ生き残れないのであろう。

August 5th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#063 ダイレクトマーケティング「40-40-20の法則」

 以前にマックスウェル・サックハイムの「広告の三原則」に触れたことがあるが、ダイレクトマーケティングにおいて常識になっている法則もある。それはエド・バーネット氏が提唱した「40-40-20の法則」である。これは「ターゲット」「商品価値」「デザイン」の重要性を数値化したもので、ターゲットと商品価値がそれぞれ40%で、デザインが残りの20%にあたる。まずは「ターゲット」である。全ての商品やサービスにはターゲットにすべき相手が存在する。適切なターゲットに広告を打てば、販促につながる確率は高くなるはずである。

 次に「商品価値」だが、適切なターゲットに広告を打っていても、商品やサービスに「商品価値」を持ってもらえなければ、販促につながるどころか、反応すらしてもらえない。ターゲットが抱えている「問題の解決」や「欲求の充足」を満たし価値を与えるような情報の提供が重要だ。デザインはその次に来る要素でしかない。そしてこの「40-40-20の法則」は集客人数が多くなるほどその差は広がっていくので、デザインの重要性は相対的に小さくなっていく。だからと言ってデザインにこだわらなくても良いわけではない。こピクトパスカルはデジタルサイネージのコンテンツを商品として販売しているので、「デザイン」を「販売」しているに等しい。同じ意味で、優れたデザイン性の商品やサービスも世の中には溢れている。

 しかし私が広告デザインの依頼を受けた場合は、やはりクライアントに「ターゲット」と「商品価値」を確認してから、デザインやキャッチコピーの制作に取り掛かっている。商品によっては広告のデザインも重視するターゲットも多くいるので、やはり広告はデザインも重要である。「40-40-20の法則」が教えているのは、クライアントがしっかりと「ターゲット」と「商品価値」を考えた広告を作る必要性で、この2つがしっかりしていれば、良い広告デザインに越したことはないと思う。時代の流行りや、その時代の広告戦略もあるが「良い広告」を生み出すのには、やはりよいものに触れ、よい文章に触れ、良い音楽に触れ、感性を磨き続けるしか無いのであろう。広告業界では「よく仕事ができる人は、よく遊ぶ」と言われるが、遊びながら感性を磨いているのである。私に感性が足りないのは遊んでいないからだ。子供の教訓でも「よく遊び、よく学べ」という。今の大人達に欠けているのは、遊ぶセンスではないのか。ああ遊びたい、ああ仕事したくない。

September 5th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#068 広告と音楽

 テレビCMやラジオCMが主流の時代も、Web広告が盛んな今も、広告にとって「音楽」はとても重要な要素だ。テレビやラジオが主流だった頃は、オリジナルのCMソングや、キャッチコピーをメロディー化して、商品のイメージを創ってきた。CMソングが話題になれば、自ずと商品も売れるし、商品のイメージにピッタリの曲があれば、高い著作権を払ってでも有名な曲を使用してきた。またCMソングが大ヒットする場合もあった。特に映像の無いラジオCMにおいては、音楽と効果音はイメージ戦略の大きな武器である。広告を取り巻く環境が変わって、予算が無い写真のみのテレビCMでも、音楽だけは一定のクオリティーを保ち続けている。Web動画広告が盛んになってきた時は、Web動画はテレビCMの劣化版などという意識が持たれがちだった。

 しかしコンテンツが面白かったり、素晴らしかったりすれば、すぐに拡散され影響力を持ってしまう。今後はWeb動画の需要はますます多くなることは間違いないし、音楽の存在価値も変わって来るであろう。特にテレビやラジオとの大きな違いは時間の制約が無いとことである。テレビは15秒、30秒が主で、ラジオは10秒、20秒、40秒、60秒が基本だ。特に10秒や15秒の尺に、ナレーションと音楽や効果音を効果的に入れる事は結構大変な作業である。私もテレビCMもラジオCMも手掛けてきたが、最後の音調整でクライアントを納得させるのに苦労したものだ。しかしWeb広告には時間の制約が少ない。もちろんWebでも6秒CMや15秒、30秒の尺の基準はあるが、1曲全部使用した広告制作も可能だ。そしてデジタルサイネージのコンテンツでも、今後は音楽が重要になってくることは間違いない。これは決して広告に限ったことではない。映像と音楽の相乗効果が大切なのである。「予算が無いので有りもので」とのクライアントや代理店の諦めに負けずに、「予算が無くても、ここはオリジナルでいきましょう」と戦い続けていきたい。有能な作曲家たちに活躍の場を与えていくもの私のデジタルサイネージ事業の大きな目標である。

September 27th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#076 DOOH広告って何?

 あまり耳にしない言葉に「DOOH」というものがある。読みはそのまま「ディーオーオーエイチ」で、元の言葉は「OOH」である。「OOH」とは、Out of Homeの略で、自宅以外の場所の意味。広告業界では、自宅以外の場所で目にする広告メディアの総称を「OOHメディア」「OOH広告」。単に「OOH」と呼ぶことも多い。「OOHメディア」とは屋外広告や交通広告、電車内の中吊り広告や車体ラッピング、大形看板や大型ビジョン、サイン、デジタルサイネージ、工事中の仮囲いなどがOOHに該当する。そし「DOOH(Digital Out of Home)」は「OOH」のうちのデジタルサイネージの事で、大型ビジョンをはじめ、駅など交通機関に設置されたデジタルスクリーン、店舗のテーブル上に設置される小型ディスプレイといった広告が該当する。

 これまでのデジタルサイネージは、あらかじめ決められたコンテンツを配信する媒体であったのに対して、DOOHの特徴は、センサーやカメラなどの技術を利用して、外部情報を取り込み、即座にコンテンツに反映させられることだ。これはデジタルサイネージの持つ即時性を発展させた技術で、見ている人のシチュエーションに合わせて広告コンテンツを変化させられる。そのため、見ている人の視線を引き付ける力が強く、広告コンテンツの訴求力を大きく向上させる可能性がある。更に日本国内でもたな通信規格である5Gが導入された今、大型ビジョンや、タクシー車内・大型マーケットや公共施設など、街角や公共交通機関にあるデジタルサイネージがDOOH化されていく可能性も出てくる。DOOHビジネスを確立するためのプラットフォーム開発が重要になってくるし、コンテンツ制作もより複雑になっていく。テクノロジーのみが先行しコンテンツが遅れをとっている現代において、ビジネスやテクノロジー以外に考えることは多すぎる。

December 16th, 2020 Toyosaki’s blog


ブログ#081 デジタルサイネージとSNS広告

 最近、広告の世界ではSNS広告をどう戦略するかが問われているようだ。ツイッターやフェイスブック、インスタやYouTubeとSNSは広告の嵐、戦国時代である。若いユーザーのテレビやラジオ、新聞や雑誌離れで、広告市場はSNSに移行せざるおえなくなった。静止画や動画、短いものから長編まで、様々なSNS広告が溢れている。これまではテレビやYouTube広告と同じ様に横型の映像が主流であったのに対し、最近では縦型でみるスマホ画面を最大限に生かした縦型の映像広告を良く目にするようになった。

 これってデジタルサイネージと同じだなと思ってみてみも、デジタルサイネージとSNS広告では、ターゲットや目的が少し違う。しかし制作作業は一緒なので、ピクトパスカルもデジタルサイネージに限らず、SNS広告の制作委託も打ち出していこうと思っている。元々は映像制作会社である。横だろうが縦だろうが、デジタルサイネージだろうが、SNSだろうが一切関係ない。良い映像作品(広告は作品ではない)を作り、クライアントや映像を見た人に喜んで頂けることが重要です。何でもできるイコール何にもできない。それでもいいじゃないか。何もしないよりはマシである。ということで、今年はSNS戦略もやっていくのである。

January 4th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#098 デジタルサイネージの広告料金

 デジタルサイネージ広告の種類は2つに分かれる。ひとつは、自社(店舗)のためにだけのコンテンツを配信する広告で、小規模店舗や全国展開をしているチェーン店などで、おすすめの商品やセールなどを広告として配信している。もうひとつは、デジタルサイネージを広告媒体として貸し出し、広告料金を得る広告である。大きなビルに設置された大型の街頭ビジョンや、駅構内に設置された広告用のデジタルサイネージなどがそれにあたる。ではその広告料金はどれくらいかかるのか?もちろん設置場所や条件によって大きく異る媒体なので、一概にはいけないが、総じて高価であることは間違いない。WEBやSNS広告とは違って、その場所に訪れた人にしか配信ができない広告としては高すぎると感じている。しかも広告制作費も別途必要だ。その費用対効果にもよるが、大企業でなければ参加できない広告媒体である。

 私がデジタルサイネージのコンテンツ・サイトを立ち上げてからの一番の悩みは、この「広告料金」である。弱小零細企業である私の会社には広告予算など存在しない。これまでも制作費を削って、いくつかの広告も出してみたが、あまり効果はなかった。もちろん私は今までマーケティングなどにも縁はなく、広告戦略のド素人である。広告を作る人が、マーケティングに長けているわけではないのだ。しかし、そんな言い訳や、泣き言を言っても、何も変わらない。粛々と戦略を練り、身銭を削って広告戦略と戦っていく。一日も早く優秀な人材を確保し、「広告呪縛」の鉄鎖を切って、作品創りに没頭できる環境を作りたいと願っている、今日このごろである。そして、いつかはブロードウェイに大きな広告を出してやろうという野望も諦めたわけではない。

January 31th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#099 インフォグラフィックスの広告

 デジタルサイネージ広告のデザインにインフォグラフィックスと呼ばれるタイプがある。インフォグラフィックス(infographics)とは、データを視覚的に分かりやすいかたちで表現したもので、 インフォメーション+グラフィックスという意味の造語で、一般的には情報を図形化したものだ。デジタルサイネージだけでなく、テレビのニュースや電車の路線図など、あらゆる場所で使われているデザインだ。私はデジタルサイネージ以外では企業のコンベンションなどで行われるプレゼンテーションの制作も多い。インフォグラフィックスのメリットのひとつは、複雑な情報でも分かりやすく伝えることができる点だ。専門的な情報や数値を口頭で説明するより、インフォグラフィックスを使って説明したほうが短時間で分かりやすく伝えられる。まさにプレゼンテーションにはもってこいのデザインである。

 しかしインフォグラフィックスのデザインは結構難しく時間もかかってしまう。複雑で情報量の多いものを、ひとつにまとめて分かりやすくデザインするためには、情報を「整理」をしつつ「分析」を行い、最終的に「デザイン化」をするという三つの工程が必要である。私はとにかく必要な情報を絞り、シンプルなデザインを心がけている。今まで自分で制作したもの以外も、多くの大企業の社長プレゼンを見てきたことも大切な財産だ。このインフォグラフィックスを使用したデジタルサイネージの広告デザインは効果的だ。シンプルなデザインで遠くからでも分かりやすいデザインにすることがポイントである。また、動画にすることによって更に効果は上がるであろう。若いクリエイターも多くの優れたインフォグラフィックスから学んでほしいと願う。

February 2nd, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#101 デジタルサイネージと広告代理店

 デジタルサイネージのコンテンツには「広告」がある。この「広告」にも「静止画」と「動画」がある。では、広告制作を発注する時には、どんな制作会社を選んでいるのだろうか?これまでは、大企業と呼ばれているクライアントは、すべての広告を「広告代理店」へ発注してきた時代がある。静止画にしろ、動画にしろ、代理店から、それぞれの制作会社へと仕事が流れていく。広告代理店は広告を作る「商品」のコンセプトであったり、プランニングであったり、マーケッティングであったりを担当するクリエイティブ・ディレクションであった。しかし時代は流れていき、クライアントから直接、制作会社に仕事が流れ出したのは、もう随分と前のことである。私も大昔は電博などの広告代理店の仕事をしていた。私が携わっていた時代は、まだ優秀なプロデューサーも多く、広告のイロハを学ぶことは多かった。今いる人材が優秀でないわけではないが、クライアントも広告代理店へ莫大な広告予算を払う余裕がなくなってきた事や、WEB広告の出現で広告の作り方そのものが、大きく変化してきたのであろう。

 私自身もクライアント直の仕事が多くなっている。仕事も進めやすいし、クライアントも予算を大幅に削減できるメリットがある。さらに静止画ならデザイン事務所に、動画なら映像制作会社にと、目的に応じて発注先をコントロール出来る。私はこのシンプルなシステムに賛成だ。もう「広告代理店時代では無い」と感じている人も多いことであろう。特にデジタルサイネージのクライアントは小規模の店舗なども多い。予算的には大きくはないが、お客さまの声を直接聞いて形にしていくプロセスの中に、価値観を共有できる喜びもある。そのためにデジタルサイネージのコンテンツ・サイトを立ち上げたのだ。日本中、いや世界中のクライアントとつながって、ビジネスを超える喜びを共有したいのだ。

February 8th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#102 広告の本質

 これまで「広告」という情報は、送り手から受け手に対し、一方的に送信されるものであった。メールの普及、スマホの普及、SNSの濫立などを通じて、この「情報」は、一方向から双方向的にやり取りされるものへ変わってきた。結果、一方的に送り手から受け手に押し付ける広告では時代に追いつかず、ユーザーに受け入れられない状況になってきているユーザーに対して一方的に広告を表示したりするだけの、独りよがりな対話無き広告はもはや通用しなくなるのではないか。特に若い世代の人たちには、目まぐるしい速度で情報が出回り、一瞬で消えていく傾向にある。情報量が多すぎてキャパオーバーになってしまっている。そんな中での「広告の本質」は、消費者の欲求が「知覚」され、需要が「認識」され、欲求を満たそうとする「行動の文脈」にフィットした情報が埋め込まれている。これこそが今後の広告に求められる「本質」ではないであろうか。

 デジタルサイネージの広告も、そうでなければ受け手には届かなくなっていくのであろう。では、双方向のコミュニケーションにフィットする広告とはどのような広告であろうか?私自身で言えば、ネットにしろSNSにしろ、すでに「広告」は邪魔な存在にしかなっていない気がする。本当に良い商品でも、目障りと感じて、広告の中身に入っていけない。広告が反乱していて疲れてしまうのである。デジタルサイネージの広告は、そこに存在している人へ向けた広告で、少し違う一面を持っている。現時点では、やはり一方的な広告として扱われるであろうが、ネットやSNSの広告とは一線を画したアプローチができるはずであると思っている。たとえば、消費者自身が広告塔となるプラットホームなど、デジタルサイネージが作り出す双方向型の広告を模索している。

February 15th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#104 5G時代の動画広告

 いつの間にか私達は、YouTubeやSNSをはじめ、ネットの様々なメディアで動画広告は身近な存在となり、多くの人がスマートフォンで動画を見る時代になった。コロナ渦で、リモートワークも増え、会社で働いていたときよりも多くの動画広告を目にしている人も増えたことだろう。そして、新世代の通信システムである「5G」の普及が定着すれば、インターネット広告の中で、動画広告はさらに拡大し、広告戦略の切り札として避けては通れないものとなるであろう。注目度の高まる動画広告だが、静止画の広告制作とは違う部分が多く、取り組みを始めても十分な成果が出せない例も少なくない。このネット広告の新時代を勝ち抜く戦略は、多くの広告プランナーが考えている次なるテーマである。

 しかし時代が5Gになったのだから、もう動画広告しか誰も見てくれない時代にはならないと思う。私もデジタルサイネージ以外に、SNSの動画広告を制作する立場から色々な相談を受けるが、私にも先のことはわからない。私はクライアントに喜んでもらって、それが消費者に届けばそれで良い。良い広告かは消費者が決める。現代の広告プランナーはメディアやテクノロジー、マーケティングや流行の仕掛けなど、いろいろな要素を汲み取りながら広告と向き合わなくてならない。ネット広告が動画の時代になっていくことはありがたいことだが、やはり広告の本質を見失ってはならない。そうでなければ、ネット上の広告公害は広がっていくばかりであろう。5Gという通信技術がそれを加速させるのであれば、私は4Gのままで良いと思っている。人間のスピードを遥かに超える産物には危険も潜んでいるはずだ。

February 20th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#105 アニメーション広告はどこへ向かうのか?

 ネット広告を見ていると、アニメーション広告が増えてきている。これも時代の流れなのであろう。ここで言うアニメーションとは、テキストにアニメーション(動き)をつけた単なるタイポグラフではなく、キャラクターが動いてしゃべるアニメーションである。ひと昔前のアニメーション広告は、オリジナルキャラクターからデザインし、1コマ1コマ描き下ろしていたので、制作費もそれなりに高かった。よほどの広告費がなければ、ネット広告でアニメーションは使えなかったのである。であるので、写真やイラストを動かし、テキストが飛んできてキラリと光ったりする「動画」で、目立たせたり、興味を引いたりする手法であった。もちろん私もよく作っている。しかし最近では、有料のソフト上で、キャラクタに動きをつけたり、喋らせたりできるサービスが流行ってきた。それはそれで、広告制作をターゲットにした新たなビジネスなので構わない。通常よりも遥かに安価でアニメーション広告ができるのであるから、需要もあるであろう。

 私の所へも、このソフトを使ったデジタルサイネージやSNS広告の依頼や、このソフトでアニメーション制作ができる映像制作会社からの下請けの相談などが入ってくる。そんな時は、紹介して触接やってもらうことにしている。間に入って、微々たる管理費を取るよりも気が楽なのである。もうひとつの理由は、そのソフトのキャラクターがあまり好きでないこともある。当然そのソフト内でも、いくつかのキャラクターのデザインも選べるし、髪型や衣装なども変えられる。しかし、全てのアイテムに共通するデザイン・コンセプトが私には合わないのである。これは、感性であり、好みなので仕方がない。ネット上でこのアニメーションを目にすると、またこれか?との先入観があって広告の中身に入っていけない。

 やはりキャラクターはオリジナルに限ると私は思ってしまう。ベビースターラーメンのキャラクターであるベイちゃんが、カルビーのコンソメパンチを宣伝してはいけない。カールおじさんが、ガリガリ君を宣伝してはいけないのである。ちなみにベビースターのベイちゃんは2016年に引退して、三代目の「ホシオくん」に変わっていることを最近まで知らなかった私である。

February 22th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#107 2020年「日本の総広告費」

 電通が2021年2月25日に発表した「2020年 日本の総広告費」は6兆1594億円で、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、前年比88.8%に減少した。イベントやキャンペーンの延期・中止が大きく響き、東日本大震災のあった2011年以来、9年ぶりのマイナス成長を記録した。これは、リーマンショックの影響を受けた2009年(前年比88.5%)に次ぐ下げ幅となった。

 媒体別だと、マスコミ四媒体広告費、「新聞広告費」「雑誌広告費」「ラジオ広告費」「テレビメディア広告費」全てで6年連続の減少。特にテレビメディア広告費は、東京2020オリ・パラをはじめ、大型イベントの中止や延期が続き、前年比88.7%に落ち込んだ。
プロモーションメディア広告費も、1兆6768億円(前年比75.4%)と減少。特に「イベント・展示・映像ほか」が3473億円(前年比61.2%)と大幅に減った。ここに私の生業であるデジタルサイネージ広告も入っている。

 私の所は、とても発表できる前年比ではない。悔しいが、こういう時は大手の力には到底及ばないのが現実である。であるならば、大手が届かないところにターゲットを絞るしかない。そのためにはSNSやネット広告を出さなくてはいけない。「広告」を作るために「広告」を出す。そんな悪のスパイラルから早く抜け出す方法を考えなければ。

March 2nd, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#111 広告アレルギーによるアドブロック

 広告アレルギーとは、ウェブやネット上で配信される無差別な広告に対してアレルギー反応を起こし、広告の表示をブロックする行為である。日本におけるアドブロック(広告非表示)の使用状況は12%となっている。18歳以上の30%が、アドブロックを利用しているアメリカなどに比べて低い水準であり、まだまだ国内では一般的に普及しているとは言えない状況である。この差を生んでいる要因は、国内のウェブ広告コンテンツの質やターゲティング精度が、日本で広告ブロックが進まない理由の一つに挙げられるという。他国に比べて、見てもらうためのコンテンツとしての質を追求した広告、ユーザーが興味をもつ広告として届けられているという環境が、ユーザーが広告を拒絶するまでに至らない状況を作り出しているのかもしれな。また、広告を見るかどうかユーザーが選択できるよう、動画広告にスキップボタンを用意するなどの対応も要因として挙げられる。

 この状況をみると、これまでTVやラジオといった限られたクライアントのみが広告を配信でき、そこで広告枠を用意するためのルールや秩序が形成されていたマス広告の世界の構造に、ウェブ広告も近づくのではないかという気がしてくる。インターネットの普及に伴って、誰でもメディアを持つことができるようになり、ウェブサイトには特に制限なく広告を掲載することが可能になった。それにより、さまざまな形態でユーザーのコンテンツ視聴を妨げる広告が乱立する状況になってしまった。

 広告に接触する消費者側から見ても、テレビや新聞といったマスメディアを中心に広告に接触していたひと昔前に比べると、パソコンやスマートフォンでデジタル広告に接触するようになったことで、目にする広告の消費量は計り知れない勢いで拡大している。知らず知らずのうちに、ユーザー自身によるブロック機能の性能も向上し、無意識のうちに、自分に関係の無い情報をスルーできるようにもなっているといえる。しかし、広告表示のために無駄な通信料がかかることに不満を持つユーザーも当然いるであろう。そして、そのうち不要な広告枠に広告費は投下されない時代が訪れるかもしれない。今後は洗練されたユーザーエクスペリエンスというものが、一層問われる時代へとフェーズを変えることになるであろう。そしてアドブロックができないデジタルサイネージにおいては、一層のユーザーエクスペリエンスが求められることになるであろう。

March 15th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#113 クレイアニメーション広告

 クレイアニメーションとはストップモーション(コマ撮り)のアニメーションのひとつで、被写体を粘土で製作しているものを指す。1953年に制作されたアート・クローキーの「ガンビー」が世界初のクレイアニメーションと言われている。セルアニメやCGアニメと比較して、撮影に莫大な手間がかかり、取り直しも容易ではない。しかし、その動きの自由さや、大きな変形が可能なことなど、独自の表現力を持っている。

 近年ではスイス発祥のクレイアニメで、ペンギンの家族と仲間を描いた「ピングー」が日本でも大ヒットとなった。私はこの「ピングー」を20世紀最高のアニメーションと称している。数多いクレーンアニメの中でも、デザインが最高で非の打ち所がない。粘土の動きを考え尽くして生まれたキャラクター・デザインと言えよう。そしてピングーの魅力の一つが言語である。特定の言語ではなく、「ピングー語」という視聴者にはわからない言語で会話しているのが特徴なのだが、視聴者が何を言っているかを想像できる楽しみがあるのだ。特に1990年からの第一シリーズはどれも傑作なので、興味を持った方はぜひ見てほしい。学ぶことが多い素晴らしアニメーション作品だ。2017年より、日本国内制作の「ピングー in ザ・シティ」の公開も始まったが、フルCGでの制作となって、もはやクレイアニメーションとは呼べない作品となってしまったことは残念である。

 実はデジタルサイネージのコンテンツ制作で、いつか実現したいのがこのクレイアニメーションである。制作にかける時間や経費、スタッフを考えると、先の話になりそうだが夢は多い方が前に進める。アニメーションはキャラクターが全てなので、今から構想を練っているが、動物もいいし、妖精みたいな不思議なキャラもいい。現代のデジタル社会には、クレイアニメーションのようなアナログ作品が絶対に必要とされる。アニメーション以外でも、今後アナログ的な作品が、多くの分野で必要とされていくことであろう。その魁として、デジタルサイネージでのクレイアニメーション広告は避けて通れない道である。色々な構想ばかりが膨らんで足元がグラグラな毎日である。

March 22th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#115 七つの子

 今日は、朝早くからカラスの鳴き声で目が覚めてしまった。昔はカラスといえば夕方に鳴いているイメージだったが、最近は早朝から群れをなして鳴くことも多くなった。カラスにはカラスの事情があるのだろうが、これも自然破壊の影響を受けているのであろうか。カラスといえば童謡の「七つの子」が有名だ。もしかしたら新型コロナで亡くなられた志村けんさんの替え歌の方が有名なのかもしれない。まさにカラスが鳴くのは、カラスの勝手である。

 「七つの子」の歌詞で「可愛七つの 子があるからよ」の「七つ」が、七羽なのか七歳なのか、度々論争になったらしい。カラスは一度に七羽もの雛を育てることはないらしく、七年も生きたカラスは、もはや「子」とは呼べない。一つの解釈として「七歳説」への手がかりとして、作詞を担当した野口雨情氏の息子が七歳の頃に作られた歌詞である事実と、雨情氏自身が七歳で母親と別れたことから、野口雨情氏自身の母への思慕の情や実体験からくる子供への想いが、歌の中で「七つの子」という言葉があてられているのではないかと言われている。ひとつの「言葉」に込められた想いは計り知れない。

 「詩人」の放つ「言葉」の持つ力は大きい。私も多くの「詩人」から勇気や希望をもらってきた。「言葉」は万人の与えられた自己表現の手段ではあるが、日常のやり取りでメールやSNSが増えてきて、尚更「言葉」の価値や責任も大きくなってきた。軽い気持ちで書いたメールが、人を死に追い込むことさえある。私の場合は「真意」が伝わらないと感じたら、やはり直接話すようにしている。「いい言葉」「いい文章」を書くには、良書に触れるのが最も良いと言われている。しかし、若い人たちの「本離れ」も進んでいるらしい。本を読むことでしか得られない世界観が創造力を生む力になる。私ももっと良書に触れて「言葉」を磨いていきたい。デジタルサイネージの広告コピーは当たり前として、「言葉」には人格が現れる。私の「ブログ」は人格を感じられないお粗末な「言葉」で申し訳ないと思って書いている。

March 27th, 2021 Toyosaki’s blog


ブログ#127 デジタルサイネージ広告 vs SNS広告

 日本のみならず世界においても広告のあり方が見直されている。これまでのテレビ、ラジオ、新聞、雑誌という広告媒体を一気に乗り越えて普及しているのがネット広告とSNS広告だ。グーグルやヤフーを始め検索サイトのトップ画面の広告費は露出も大きいが広告料も半端ない。検索サイトに続いて多いのがYouTubeやフェイスブック、ツイッターなどのSNS広告だ。広告費は低額でより多くの広告を配信できる新たな広告媒体であることは間違いない。特にSNS広告は気軽に動画広告を配信できるメリットがある。また配信したい地域や性別年齢層までターゲット絞れる柔軟性も大きな特徴だ。しかし実際はどうだろう?検索サイトにしてもSNSにしても、広告を無視するユーザーは多い。特にYouTubeは3秒もしくは全編を見なければ、検索した動画が再生されないシステムでは、無視どころか不快感さえ持っているユーザーも多いはずだ。

 それではデジタルサイネージ広告のメリットとは何であろう?デジタルサイネージは地域性の強い広告媒体である。その場所に行かなければ広告に触れることはない。SNSの拡散広告に比べれば圧倒的に不利である。しかし逆に偶然性や意外性による効果で、つい見てしまう人も多いはずだ。そしてスマホやPCとは比べ物にならない大型ディスプレイの視覚効果。また複数のディスプレイよる広告展開はインパクトも大きい。エンタメ系の映える広告であれば、インスタなどの投稿による2次広告が無料でできることもメリトのひとつだ。デジタルサイネージ広告とSNS広告、それぞれ目的の違う広告ではあるが、私はデジタルサイネージ広告の未来は明るいと思いたい。

May 26th, 2021 Toyosaki’s blog